思い出再現劇場

「1年経っても色褪せない俺節forever」


【第1夜】

1)上京

 

幕が上がるというのではなく、いつの間にか聞こえてくる吹雪の音から始まる世界。

上手から、借金取り2人とともに現れる腰が折れ曲がった老婆。今日もただ利子を返すだけで精一杯なことを指摘されても、「へへ、ババわがんね」と物悲しくつぶやく老婆。上京する孫のコージを想う、とてもとても優しい人。小さいその背中。

冒頭の、決して長いわけではないそのシーンがとても私は好きでした。大好きな高田聖子さん!!お顔はほとんど見えないけれど、聖子さんが演じ分けておられるというだけでもたまらないポイントでした。

 

そして音もなく緞帳が上がり、鯵ヶ沢駅のベンチに決して大きくないカバンを抱えたコージの姿。用立てた背広を受け取り「背広?」という短く返すコージの声。故郷を旅立とうとするコージの想い・・・。コージのばっちゃんはあの場面しか登場しないけれど、3時間半の舞台の中で随所に現れるコージの心の叫び、あるいはコージの優しさの根底には間違いなくこの方がいるんだと思える。だから短いシーンだけれど鰺ヶ沢からの旅立ちで始まる構成は、とても大切な幕開けだったと思います。

 

「世の中、とっくり返してやれるもの!!!!」

 

 

2)オキナワとの出会い

 

そもそも彼はあの北野プロダクションにどうやってたどり着いたのだろう?と毎回のように感じてしまった、それがコージの上京シーンでした。何だかとても幼いというか初々しい感じで、周りをキョロキョロと見渡し通行人たちを避けるような少し気恥ずかしそうな仕草、小さく縮こまった土下座。実際の安田さんは30歳を超えていらっしゃるというのに、まるで実年齢のコージであるかのような佇まい。彼は役柄に憑依するタイプの役者さんなのだ、と改めて感じた・・・その意味だけですら素晴らしいと思えた場面でした。

 

時代を象徴するワードとして ♪真夏の果実 が出てくるのですが、あの頃なのか・・・と想わず和んでしまいました。一定の年代層ならば「稲村ジェーン!!!」と90年代の始まりを彷彿とさせながら舞台の世界へ入っていけたでしょうし、この舞台で初めて知った世代の方も「北野先生がスキップしながら歌う曲」としてインプットされたことでしょう。こういうちょっとしたキーワード的なものがあちらこちらに散りばめられていることが、私は少なからずこの作品ですんなり世界に入りやすいポイントになってくれているように感じました。あとに出てくるみれん横丁もストリップ小屋も、決して多くの観客の日常と似かよったものではないだろうし、不法滞在や強制送還といったものもニュースで見るだけのものでしかない。だから随所にふと現れる「身近なもの」たちが少しずつあの世界を違和感のないものに感じさせてくれた気がします。

 

演歌の大御所、北野波平先生を演じられた西岡徳馬さんは別の舞台作品でも拝見したことがあるのですが、この方の色っぽさは素晴らしく、まさに身体も張った演技。力強くてコミカルさもあり、もっと登場シーンがあって欲しかったと思うほどでした。70歳を超えてらっしゃるとは思えないカッコよさが溢れる紳士です。

 

そしてコージ初めての歌唱シーンへ。人前で歌うことが「めぐせくて」・・・  ♪なみだ船 は見事に歌えずに北野先生や関係者の方々に笑われて終わるという、コージの象徴的な場面につながるわけですが、舞台下手寄りのところで歌い出して次が出なくなるコージを、私は既に抱きしめたくなっていたように思います。あのコージという青年は、とにもかくにも終始母性本能をくすぐる存在でした。安田章大さんはもはやコージそのものであり、この方がコージを演じられたことは、この俺節の舞台化において、間違いなく最高の産物だったと思うのです。安田章大さんご本人にとっても特別な役として残っていてほしいと思うと同時に、彼以外でこの役は成り立たない!!!!未だに私はそう思っています。

 

さらにはお調子者というのか時々クズっぽいというのか、第一印象からとにかく笑えてしまったオキナワ。私はこのオキナワというキャラクターがどうにもこうにも愛おしくてたまりませんでした。演じられていた福士さんは、舞台作品としてはこの俺節で初めて拝見したのですが、常に雪駄姿で大半の時間がしっかりキメたリーゼント、あのアコースティックギターの持ち方、カーテンコールの際まで忠実にキャラクターに徹してくださったちょっとガニ股な立ち姿、そして歌声。福士さん演じるオキナワ、最高にかっこよかったです。

 

オキナワとコージの運命的な出会いがなければコージは後にテレサと出会うこともなければ俺節を歌うこともなかった。かけがえのない友、唯一無二の存在。生まれも育ちも何もかも違うのに、何なら生き方や性格も全く違うのに、人よ出会ってくれてありがとう!!!!!

 

「東京でいっちばんいい場所だぜぇぇぇーー」というオキナワの言葉。決して綺麗とはいえない、何なら治安も最悪でひどいところ。でもオキナワの言ったとおり、みれん横丁は最高の場所。この作品のエンディングで、まるでそこに本物の虹がかかっていると錯覚すら覚えたほど、人がただ温かい・・・そんな世界でした。

 

 

3)横丁での洗礼、コージの居場所

 

横丁の始まりはなかなか手厳しい。まるで追いはぎのような、余所者への洗礼。コージにはばっちゃんからの背広ぐらいしかないんだからやめてあげて!!!!と思わず庇いたくなるくらい、コージの味方のような目線になって見入っていたことをふと思い出しました。

 

それにしても横丁の皆さんはそれぞれキャラクターが立っていて面白かったですね。

のぞき魔さん、当たり屋ちゃん、放火魔さん、オキナワに「おっちゃん」とよばれていた人殺しさん、陛下・・・ろくな人がいない(笑)。なのにどうしてもこの人たちから目が離せない。複数の役柄を演じわけられているカンパニーの皆さんの、横丁でのポジションひとつひとつに私はどんどん引き込まれていました。彼らそれぞれのここに至るまでの人生の経緯は何一つわからない。もし現実に出会ったならばきっと避けてしまったかもしれない人たち(ごめんなさい)。でも妙な人間らしさというか、いろいろなものを通りこしてきた結果として達観した世界観。あの中では圧倒的に異質なコージのような存在すらも受け入れる寛容さ。何なのでしょう、あの人たち。最高じゃないですか!!

 

そして突如として現れしブロンドの美女。コージの運命の人、テレサ。現実にあのようなことがまかり通っているのか?も私にはわからない世界ですが、まるで物のごとく扱われる見ず知らずのその人をただ純粋に救いたい。衝動的、いや本能的に心と身体両方で守りたいと感じ、その筋の常識など何もわからぬまま無謀な行動に出て挙句ぼろぼろに殴られるコージ。歯痛さんに唾を吐きかけられ故郷のばっちゃんを思い出しさらに奮い立つコージ。

「おら、この背広に故郷(くに)背負ってんだぁ」

「謝れぇー・・・・やんだばぁ・・・・殺せぇぇぇぇーーー」

 

東京公演初日のあの日、この横丁での殴りあいシーン、そしてコージの歌う♪港 を私は下手側の1階中ほどの席で見ていました。もう、息が詰まりそうでした。何故こんなにこの人は純粋なのだ、こんな青年、こんな人ホントにいるんだろうか?と思える清らかな優しさを纏った存在。いつの間にか私は、俺節を通してコージという小さくて大きな人に恋い焦がれてしまっていたように思います。

 

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